さまよう雨男

出掛けると道に迷うか雨に降られます。 そんな私の散策の記録。

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旧三井銀行広島支店(広島アンデルセン)  広島県広島市

P5034557.jpg
現在はレストラン、パーティ会場までを備えるパン屋の広島アンデルセンです、
この建物も原爆の被爆建造物です。
元々この建物は大正14年に三井銀行広島支店として竣工、
昭和18年に合併して帝国銀行広島支店となります。
そして爆心地から380メートルで被爆し、天井や壁など大部分が崩壊、
しかし地下の金庫は無事だったそうです。
戦後、銀行として営業を続けた後、昭和42年にタカキベーカリーが建物を買い取って、
広島アンデルセンとしてオープンし、現在に至ります。
被爆建造物が少なくなる中、耐震補強および全館改装を行い、被爆建造物を保存しているのだそうだ。
アーケードがあるので見にくいけど、ああ元銀行って感じがする建物です。
P5034555.jpg
設計は銀行と言えば長野宇平治。
民間が買い取って、うまいこと歴史的建造物を活用し後世に伝えてるわけで、
文化財とか世界遺産とかになって、肩書きばっかり立派でも
保存に費用が掛かり過ぎたりしてて困ってるようじゃ意味が無いぜ、と
この建物が語りかけているようだ。

旧広島中央電話局西分局へつづく

旧日本銀行広島支店へ
原爆ドームへ
広島市レストハウスへ
三井物産横浜ビルへ
旧三井物産台北支店へ
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  1. 2011/12/05(月) 21:23:07|
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旧広島中央電話局西分局(NTT西日本十日市ビル) 広島県広島市

P5024475.jpg
なんか普通の新しそうな建物ですけど、これも被爆建造物で爆心地から1080メートル。
昭和12年に竣工され、市内初の自動交換局として昭和14年に開局、
設計者は山田守。
原爆の爆風により建物自体倒壊は免れたものの、
窓は鉄枠もろとも破壊され、室内の仕切壁もた吹き飛ばされた。
袋町の中央局も被災し、広島市の電話は壊滅状態となりますが、
西分局は修理すれば使用できるということで、
昭和21年1月から修繕工事を行い8月には完了し事業が再開されました。
P5024476.jpg
昭和56年に交換機を撤去しNTT広島西営業所になり、
その時に外装のタイルの張替えをなどを行い、現在の姿になったそうだ。
広島電鉄十日市町電停から徒歩数分。

広島大学旧理学部1号館へつづく

旧日本銀行広島支店へ
原爆ドームへ
広島市レストハウスへ
広島アンデルセンへ
台湾総督府電話交換局へ
  1. 2011/12/06(火) 23:41:38|
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旧広島文理科大学本館(広島大学旧理学部1号館)  広島県広島市

P5034663.jpg
爆心地から1420メートルにあった広島大学旧理学部1号館です、
建物は外郭を残して全焼、ほとんどの学生は学徒動員されていましたが
残っていた学生の他、教職員や留学生など134人が犠牲となりました。
P5034667.jpg
旧広島文理科大学は昭和4年に開学、
昭和6年に鉄筋コンクリート構造3階建のこの本館が竣工。
昭和20年にには2階の一部と3階が中国地方総監府に接収されたそうだ。
P5034609.jpg
終戦の翌年に大学を再開、昭和24に広島大学に統合され、本館は理学部1号館となります。
平成3年に理学部が東広島市に移転し、ほったらかしのまま現在に至ると。
P5034608.jpg
貴重な被爆建造物でもあり、過去にも再利用の話があったそうだが保存のめどは立っていないらしい、
あまりにも巨大なのではなから全面保存は難しいそうだが、なんとなく荒れるにまかせているようだ。
大学跡地の東千田公園、なんか開発途中の寂しい公園の敷地内にデーンと建ってます。

余談ですが入り口の所でミニスカートのお姉さんの撮影会みたいなのやってたので、
終わるの待ってました。

広島電鉄千田変電所へつづく

旧広島中央電話局西分局へ
旧日本銀行広島支店へ
原爆ドームへ
広島市レストハウスへ
広島アンデルセンへ
旧台北帝国大学へ
  1. 2011/12/07(水) 21:47:59|
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旧広島電気軌道火力発電所(広島電鉄千田変電所)  広島県広島市

P5024542.jpg
広電の千田車庫にあるこの建物も古く、大正元年の建築。
広電の開業時に火力発電所用の発電機と発電用ボイラーを収容するために2連同時に建設されたそうだ、
昭和9年には老朽化と能力低下のため発電所から変電所になり、ボイラー棟が資材倉庫となったそうです。
手前のレンガの建物が旧ボイラー室で現在は事務所として使用されている。
P5024543.jpg
昭和20年8月6日、原爆により被爆。爆心地から約1920メートル、
多大な被害を受けたものの倒壊は免れ、現在も変電所と事務所として使われている。
P5024541.jpg
広電は原爆投下からわずか3日後、
関係者の努力により己斐から西天満町電停まで折り返し単線運転を再開し、
市民を大いに勇気付けたという・・・

江波山気象館へつづく

広島大学旧理学部1号館へ
旧広島中央電話局西分局へ
旧日本銀行広島支店へ
原爆ドームへ
広島アンデルセンへ
丹那トンネルへ
  1. 2011/12/08(木) 21:06:12|
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旧広島地方気象台(広島市江波山気象館)  広島県広島市

P5034633.jpg
広電の江波行きに乗り、江波電停で下車、山の見えるほうへ徒歩で20分くらい、
案内板に沿って階段を登って江波山の頂上にある江波山気象館へ。
旧広島地方気象台は昭和9年に広島県立広島測候所として建築、昭和14年に国営移管、
昭和62年に中区の合同庁舎に移転するまで使用された。
P5034656.jpg
鉄筋コンクリート造りで、デザインは戦前の特徴と新しいモダニズムを合わせ持つそうだ、
戦前の鉄筋コンクリートの建物は戦争により昭和14年ころから建築が行なわれなくなり、
この旧広島地方気象台は戦前の鉄筋コンクリートの建物としては最末期なのだそうだ。
んで広島市の重要有形文化財に指定されている。
P5034654.jpg
階段と床のタイルの模様もオシャレ。
P5034644.jpg
さてここも昭和20年8月6日の原爆投下による被爆建造物で、爆心地から3660メートル。
被爆し爆風を受けた北側の壁面は改修されずそのまま保存している、
内部にもガラス片の刺さった壁が保存されている。
原爆投下後も職員は一日も休まず気象観測を続けたという。
P5034649.jpg
広島地方気象台の移転後、建築物としても被爆建築としても貴重と言うことで整備・保存され、
気象をテーマにした科学館「江波山気象館」として平成4年に開館。
地方の博物館へ行くと、だいたい科学館系の所は親子連れなどで賑わってます、
打って変わって歴史館とか郷土資料館とかは貸切状態が多いですね。寂しい限りで。

旧住友銀行東松原支店へつづく

松山地方気象台へ
広島電鉄千田変電所へ
広島大学旧理学部1号館へ
旧広島中央電話局西分局へ
旧日本銀行広島支店へ
原爆ドームへ
  1. 2011/12/10(土) 18:05:57|
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