さまよう雨男

出掛けると道に迷うか雨に降られます。 そんな私の散策の記録。

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稲尾記念館             大分県別府市

IMG_4320.jpg
大分県別府市の別府市民球場に地元出身のスーパースター、
稲尾和久の功績を伝える記念館が併設されている。
いやスーパースターなんて軽いもんじゃない、なんせ「神様、仏様、稲尾様」だ。
IMG_4291.jpg
私がなんとなくテレビの野球中継を見始めた小学校低学年、それは王さんが巨人の監督だった頃、
過去のプロ野球選手を紹介する本を何気なく見ていて稲尾和久を発見する。
当時西鉄ライオンズという球団はすでになく、冗談みたいな年度別成績と共に数々のエピソードも綴られていた。
「鉄腕」の異名を取るこの男、日本シリーズ3連敗のあと4連投で4連勝という化物だった、
その時の愛読書がウルトラ怪獣大百科とかだった私には、この「鉄腕」というニックネームが、
「宇宙忍者」とか「どくろ怪獣」とか「三面怪人」とかと同列に感じられた。
IMG_4298.jpg
年度別成績を見ると昭和36年のシーズン42勝に度肝を抜かれる、、
江川の現役晩年「今の15勝は昔の20勝に値する」などとほざいてた頃だったので、
余計にインパクトが強かった。この日本記録、この先抜かれる可能性がほぼゼロに近いレコードだ。
IMG_4300.jpg
そして肩を壊してから引退までのの5年間の勝ち星が42勝、
酷使の果ての故障だったが稲尾本人が故障明けの42勝が、「神様、仏様」ともてはやされ、
天狗だった自分にとってとても大切な経験になったと語っている。

自伝「私の履歴書 神様、仏様、稲尾様」を読んでから別府へ飛んだ。
野武士集団、西鉄ライオンズが打撃投手くらいの役に立つだろと獲得。
しかし一年目から頭角を現し21勝を挙げる、
最大の武器である絶妙のコントロールは、
幼少時に漁師の父に船に乗せられ下半身が鍛えられたからだという。

こんなドラマチックで小ネタが多いスポーツ選手は他に記憶が無い、
他に例を挙げればオグリキャップくらいな気がする、
オグリもG1連闘やら物語は尽きない、こっちは馬主の意向で、稲尾は監督の意向だが、
連投に次ぐ連投に稲尾本人は「なんじゃまた稼がしてくれるんかい」と悲壮感が全く無い。
そして稲尾が出れば客が沸き、稲尾で負ければ客が納得した本物のプロだった。
IMG_4289.jpg
稲尾をTVで見たのは解説だったかロッテの監督の時だったか忘れたが、
眉毛の太いポッチャリしたこのおっさんが神様、仏様で鉄腕かと思ったりもした、
人柄も素晴らしく、優しく周りに愛された素晴らしいお人だったそうだ。

大分編、まずは大分にもあった回天基地へ
回天大神基地跡へつづく

阪急西宮球場跡へ
大阪球場跡へ
手塚治虫記念館へ
藤子・F・不二雄ミュージアムへ
東郷平八郎誕生地へ
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  1. 2012/09/09(日) 00:46:50|
  2. 大分県
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回天大神基地跡  その1         大分県速見郡日出町

「天を回らし」戦局を逆転すろ。
人間魚雷「回天」の基地と言えば山口県大津島が有名だが、
大分県速見郡日出町大神にも訓練基地が造られ、昭和20年4月大神突撃隊が開隊する。
周辺には当時を偲ぶ幾つかの遺構が残っている、先ずは回天神社へ。
IMG_4065.jpg
回天神社は基地建設のさい大神突撃隊庁舎内に祀られたが、終戦後住吉神社の境内に遷座された。
IMG_4061.jpg
回天の1/3模型と回天の元になった九三式魚雷後部が展示されている。
IMG_4072.jpg
回天神社へ行く坂の入り口にあるこの壕、
案内板によると酸素圧縮ポンプ室として使用されていたとのことで、
回天に搭載する圧縮酸素の調整をするポンプが設置されていたそうだ。
IMG_4080.jpg
中を覗くとコンクリートの台座が残っている。

回天大神基地跡  その2へつづく

稲尾記念館へ

大津島回天基地跡 その1へ
大津島回天基地跡 その2 魚雷発射試験場へ
回天記念館の「回天」一型へ
「回天」十型 試作型へ
特殊潜航艇「甲標的」へ
大久野島へ
呉鎮守府へ
  1. 2012/09/10(月) 19:28:06|
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回天大神基地跡  その2         大分県速見郡日出町

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こちら回天格納庫跡。
IMG_4085.jpg
この壕は奥行き120メートルで、回天8基が格納されていたそうだ。
IMG_4089.jpg
こっちの格納壕は1基用とのことだが。

大神基地のには第1兵舎から第10兵舎まであり、273名の搭乗員が訓練していた。
大神基地からは8名が愛媛県宿毛湾の麦が浦の突撃隊に出撃展開したが終戦となり、戦死者は出なかった。
                                 (パンフレットから)

回天大神基地跡 その3へつづく

回天大神基地跡 その1へ
大津島回天基地跡 その1へ
大津島回天基地跡 その2 魚雷発射試験場へ
回天記念館の「回天」一型へ
「回天」十型 試作型へ
特殊潜航艇「甲標的」へ
松代大本営跡 象山地下壕へ
江田島の「海龍」試作艇へ
  1. 2012/09/12(水) 19:52:19|
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回天大神基地跡  その3         大分県速見郡日出町

IMG_4102.jpg
ちょっと離れたところにある、燃料格納壕。
アルコール、重油、軽油等が格納されていた。
IMG_4104.jpg
この素掘りの壕は内部はL型になっているそうだ。
確かめようとは決して思わないが。
IMG_4093.jpg
こちらが魚雷調整場と呼ばれるプール。
ここに回天を沈めて水漏れなどを調べていた。
IMG_4097.jpg
結構広いし落ちたらひとたまりも無い。
案内板も設置されているが、見学しやすいとは言えないのでご注意を。
IMG_4100.jpg
基地遺構を保存しようという動きもあるそうだが。

大分県は戦争遺跡が数多く残されているようです
宇佐海軍航空隊跡 城井掩体壕群へつづく

回天大神基地跡 その2へ
回天大神基地跡 その1へ
大津島回天基地跡 その1へ
大津島回天基地跡 その2 魚雷発射試験場へ
回天記念館の「回天」一型へ
「回天」十型 試作型へ
特殊潜航艇「甲標的」へ
松代大本営跡 象山地下壕へ
知覧飛行場跡へ
  1. 2012/09/13(木) 19:57:49|
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宇佐海軍航空隊跡 城井掩体壕群 その1          大分県宇佐市

掩体壕と言えば千葉の茂原か宇佐ということでやってきた、
なんせ10基残ってるということなので長期戦覚悟で探してみた。

宇佐海軍航空隊は昭和14年、練習航空隊として開隊し搭乗員の教育を行なっていた。
やはり大戦末期には特攻隊の出撃基地となって多くの若者が飛び立っていった。
IMG_4114.jpg
こちらが宇佐市の史跡として保存されている城井一号掩体壕。
1基だけ戦争遺跡として市が保存しているのは茂原と一緒、
あとは民家の倉庫などに使われているのも同じ。
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内部に展示されている零式艦上戦闘機のエンジン。
中にゲーノー人のサインがある、やめてくれよラーメン屋じゃねーんだから。
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説明版と幾つかの慰霊碑があります。
駐車場ありトイレありで公園として整備されててとても綺麗。
IMG_4133.jpg
2基目は城井一号のすぐ近くにあります。
農器具の車庫だが良い状態です。

まだまだあります
宇佐海軍航空隊跡 城井掩体壕群 その2へつづく

回天大神基地跡 その3へ
茂原海軍航空基地の掩体壕へ
松山航空基地跡の掩体壕へ
調布陸軍飛行場跡の掩体壕へ
知覧飛行場へ
土浦海軍航空隊跡 医務科棟へ
九三式中間練習機へ
靖国神社遊就館の零戦へ
  1. 2012/09/18(火) 16:35:02|
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宇佐海軍航空隊跡 城井掩体壕群 その2          大分県宇佐市

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城井一号掩体壕から辺りを見渡し、なんかもっこりしている所に近づき3基目を発見。
なにやらパイプが繋がっていますが、工場の資材置き場かなんかなんでしょようか。
IMG_4145.jpg
さらに民家の物置になっている4基目。
この辺りは田んぼなので周りが見渡せて見つけやすいです。
IMG_4205.jpg
かつて滑走路だった道路を挟んで5基目。
入り口がボコボコしています。若干コンパクトな感じでした。
IMG_4197.jpg
5基目から背中が見えた6基目。
かなり大きく、道路からよく見えるのですぐ見つかります。

さらにさらに
宇佐海軍航空隊跡 城井掩体壕群 その3へつづく

宇佐海軍航空隊跡 城井掩体壕群 その1へ
回天大神基地跡 その1へ
茂原海軍航空基地の掩体壕へ
松山航空基地跡の掩体壕へ
調布陸軍飛行場跡の掩体壕へ
知覧飛行場へ
  1. 2012/09/19(水) 20:07:20|
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宇佐海軍航空隊跡 城井掩体壕群 その3         大分県宇佐市

IMG_4208.jpg
ここからが大変だった。
入り口がほぼ見えない7基目。
IMG_4212.jpg
盛り上がった所に向かって細い道をグングン進んで見つけた8基目。
なんか入り組んでたので林東寺というお寺に車を置いて徒歩で従軍。
IMG_4217.jpg
これが一番苦労した9基目。
個人宅の奥入りなので分かりにくく、結構廻った。
IMG_4162.jpg
さて最後は森山地区の掩体壕。
他の掩体壕より大きく、一式陸上攻撃機用なのだそうだ。
IMG_4167.jpg
特攻基地となった宇佐海軍航空隊基地、
一式陸攻ということは「桜花」を搭載し飛び立っていったのだろうか、
結果的に「人間魚雷」と「人間爆弾」の基地を巡ってしまった。

それぞれやはり個人宅の敷地内なのでお静かに。
とりあえず現存するという10基を見れたので満足。これ徒歩じゃ無理だと思います。

周辺にも遺構が残っています
宇佐海軍航空隊跡 周辺遺構へつづく

宇佐海軍航空隊跡 城井掩体壕群 その2へ
宇佐海軍航空隊跡 城井掩体壕群 その1へ
回天大神基地跡 その1へ
茂原海軍航空基地の掩体壕へ
知覧飛行場へ
一式陸攻へ
河口湖自動車博物館飛行館の零戦21型へ


  1. 2012/09/20(木) 21:20:03|
  2. 大分県
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宇佐海軍航空隊跡 周辺遺構           大分県宇佐市

IMG_4156.jpg
城井一号掩体壕に来るのに走ってきたこの真っ直ぐな道路がかつての滑走路だったそうだ。
当時滑走路は幅80m、距離約1800m、現在は田んぼに囲まれたのどかな所だが、
滑走路跡を示すモニュメントと横目の掩体壕が当時を物語る。
IMG_4181.jpg
住宅地の中にあるレンガの建物、パラシュート工場だったという話だ。
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機銃掃射の跡が残るこの建物、やはり個人の所有らしいが徐々に朽ち果てていってしまうのでしょうか。
IMG_4184.jpg
電信室。
IMG_4189.jpg
こちら無線受信室なのだそうだ、電信室の近くにあります。
これら3つの遺構は近距離にあり宇佐市が設置した案内板がありますが、めっちゃわかりにくい。

もともと教育部隊として設立された宇佐海軍航空隊、大戦末期には、
かの人間爆弾「桜花」の神雷部隊が宮崎県の赤江基地より宇佐航空隊へ移動し特攻基地となる。
僅か数ヶ月の訓練で計81機、154人の若者が南の空へ散っていった。
アメリカの「桜花」のコードネームは「BAKA」だ、一番馬鹿なのはどこのどいつだ。
  
大分県には佐伯市にも海軍航空隊があったようなので
佐伯海軍航空隊跡 掩体壕へつづく

宇佐海軍航空隊跡 城井掩体壕群 その3へ
宇佐海軍航空隊跡 城井掩体壕群 その2へ
宇佐海軍航空隊跡 城井掩体壕群 その1へ
回天大神基地跡 その1へ
茂原海軍航空基地の掩体壕へ
知覧飛行場へ
大刀洗飛行場跡へ
万世飛行場跡へ
調布陸軍飛行場跡門柱へ
  1. 2012/09/21(金) 20:23:27|
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佐伯海軍航空隊跡 掩体壕           大分県佐伯市

宇佐から高速飛ばして佐伯まで、一車線の高速は嫌い。
掩体壕は興人という会社の敷地内にあるそうなので、
とりあえず入り口に行き守衛さんに掩体壕を見に来た事を告げる。
記帳してくれということなのですませると資料をくれた、んで一言「いいですよ」。
ん、掩体壕どこっすかと言うとおもむろに私の後ろを指差した・・・なんだ入り口のすぐ横じゃねーか。
来るとき見えなかったのかという守衛さんの心の声が聞こえた気がする。
IMG_4220.jpg
さてこの掩体壕、登録有形文化財に指定、大分は戦争遺跡の保存に積極的な気がする、
ここもちゃんと興人により詳しい掩体壕と佐伯海軍航空隊の案内板が設置されている。
素晴らしいぞ興人、なんの会社かはよく知らんが。
初めネットで「大分 帝人 掩体壕」で検索してたことをお詫びします。
IMG_4224.jpg
なので案内板から。
昭和6年2月、海軍省は九州東海岸に航空隊を設置することを決定、
佐伯は熱心な誘致活動を展開し同年8月に航空隊の設置が決定する。
海軍航空隊の用地整備によって地元民を中心に千人を超える労働者が従事し、
昭和9年2月、佐伯海軍航空隊が正式に開隊する。
ちなみに昭和16年11月、ハワイ真珠湾攻撃に先立ち、佐伯湾で連合艦隊の統一訓練が行なわている。
昭和20年、米軍の空襲が激しくなり戦闘機を守るため掩体壕を飛行場内に分散して設置、
この掩体壕はそのうち1つで零式戦闘機または飛燕戦闘機が格納されていたと考えられている。
IMG_4230.jpg
隣にあるもう1基の掩体壕。
IMG_4231.jpg
当時は軍隊誘致が街を発展させ膨大な雇用を生んだようだ。
さて原発設置でも貧しい村にお金が入って来た様だが・・・

再び高速で大分市に戻るわけだが、市内に戻る前に寄りたい所がある
戸次基地跡 転圧ローラーへつづく

宇佐海軍航空隊跡 周辺遺構へ
宇佐海軍航空隊跡 城井掩体壕群 その3へ
宇佐海軍航空隊跡 城井掩体壕群 その2へ
宇佐海軍航空隊跡 城井掩体壕群 その1へ
回天大神基地跡 その1へ
茂原海軍航空基地の掩体壕へ
松山航空基地跡の掩体壕へ
調布陸軍飛行場跡の掩体壕へ
旧高田十三師団長官舎へ





  1. 2012/09/23(日) 15:13:08|
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戸次基地跡 転圧ローラー        大分県大分市

IMG_4280.jpg
大分市の南に位置する戸次本町は日向街道筋の市場のある在町として栄え、
現在でも江戸中期から明治に建造された建築物が残り、歴史情緒ある景観を見ることが出来ます。
そんな町の一角にある戸次本町ふれあい公園に、なにやらコンクリートの塊が置いてあります。
IMG_4286.jpg
このコンクリートの塊は滑走路を造るための転圧ローラーで、
近くの小学校から掘り出されたものだそうだ。
太平洋戦争末期、海軍の命令でここ戸次に秘密飛行場を造ることになり、
昭和20年5月より予科練生と地元住民により急造工事が行なわれた。
7月末鹿児島県鹿屋市より第171海軍航空隊が移転、
8月に4、5回の出撃があったとされている。
IMG_4276.jpg
桑畑を均したこの転圧ローラーが、
かつてこの地に戸次基地があったということを伝える唯一のものとして展示されている。
基地を造った人達、造らせた人達、まだ勝てると思っていたのか、いないのか、
しかし戦争という極限状態では考えることすら邪魔なことかもしれん。

せっかくなので近くの
戸次川古戦場跡へつづく

佐伯海軍航空隊跡 掩体壕へ
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  1. 2012/09/24(月) 22:43:23|
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