さまよう雨男

出掛けると道に迷うか雨に降られます。 そんな私の散策の記録。

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零式三座水上偵察機 万世特攻平和祈念館 鹿児島県南さつま市

零式水上偵察機1
万世特攻平和祈念館の1階に展示されている零式三座水上偵察機です。
この機体は案内板によりますと、昭和20年6月4日に沖縄方面に夜間索敵に行った帰りに
敵機の追撃を受け応戦、その後帰隊途中に燃料切れで吹上浜沖に着水し水没します、
時は流れて平成4年、吹上浜から引き上げられて当館に展示され、現在に至ります。
むしろ万世特攻平和祈念館は、この零式水偵を展示するために開館されたという話だ。
零式水上偵察機2
下手に復元されてペンキ塗立て感があるよりそのままってのが良いですよね。

知識が無いのでウィキペディアから丸写ししますと
零式水上偵察機とは愛知航空機が開発し、昭和15年に正式採用された日本海軍の水上機。
略称である零式水偵と呼ばれることが多く、零式小型水上偵察機との違いを明確にする場合には
零式三座水上偵察機とも表記される。
とのこと。

周辺を散策しながら鹿児島市内へ
旧鯵坂医院へつづく

鹿屋航空基地史料館の零戦へ
万世飛行場跡へ
二式大艇へ
河口湖の零戦へ
銀輪部隊の自転車へ
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  1. 2011/06/14(火) 23:39:41|
  2. その他軍用機
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二式大型飛行艇12型   鹿屋航空基地資料館    鹿児島県鹿屋市

二式飛行艇
川西航空機製作の名機「二式大型飛行艇」です、
「二式大艇」「二式飛行艇」とも呼ばれています。
以下案内板より抜粋。
二式大型飛行艇は昭和15年に初飛行した当時世界一の高性能を誇った大型飛行艇で、
昭和17年に旧日本海軍に正式採用され、偵察、哨戒、輸送など多方面に活躍しました。
終戦後、二式大型飛行艇に注目した米国は本国に運び、
各種の調査を行ってその高性能に驚嘆したといわれています。
二式飛行艇
この機体は米国内に保管されていましたが、引き取り先がなければ破棄しちゃうぞということで
船の科学館が引き取り、昭和54年に日本に還ってきます。
そして東京の船の科学館で野外展示されていましたが、平成16年にはるばる鹿児島まで
やって来て、ここ鹿屋航空基地資料館で保存展示しているわけです。
二式飛行艇
当時世界最高峰の高性能を誇ったという二式大艇。
別に日本は零戦だけじゃないんだぞということを教えてくれます。
二式飛行艇

ここ鹿屋航空基地資料館のある海上自衛隊鹿屋航空基地は
昭和11年に日本海軍鹿屋海軍航空隊の創設とともにその歴史をスタートし、
太平洋戦争開戦から終戦まで海軍の航空基地として使用されました。
戦後、警察予備隊の発足に伴い、昭和25年12月に鹿屋駐屯部隊が開隊され
昭和29年海上自衛隊鹿屋航空隊となります。

ここ鹿屋も特攻作戦の基地でありました、と言うより
かの有名な神風特攻隊の出撃基地であり、陸海軍を通じて最多の828名が出撃しています。

US-1A救難飛行艇へつづく

同じ川西航空機開発の紫電改へ
鹿屋航空基地史料館の零戦へ
九三式中間練習機へ
知覧飛行場跡その1へ
大津島回天基地跡へ

  1. 2011/06/28(火) 20:22:03|
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紫電改      紫電改展示館    愛媛県南宇和郡愛南町

PC182181.jpg
宇和島から南レク馬瀬山公園の紫電改展示館へやってきました。
二式大艇と同じ川西航空機が開発した局地戦闘機紫電改です、
漫画「紫電改のタカ」とかあるせいか、私のようなド素人でも零戦と紫電改は
なんとなく名前を聞いたことがあり、「シデン・カイ」と言う響きもなんか良いです。
「カイ・シデン」だとセイラさんに軟弱者と言われそうでありますが。
PC182182.jpg
さてこの紫電改、零戦ではすでに米軍のくりだす新鋭戦闘機に太刀打ちできなくなり
新型戦闘機の開発が急務とされているところで、水上機を専門につくっていた川西航空機が
すでに開発していた水上戦闘機「強風」を改造して「紫電」を開発します、
んで「紫電」の評判が悪いので丸々1年かけて改良を重ね「紫電改」を世に送り出すわけです。
なので正確には紫電改は紫電の改良型なので紫電二一型と呼ぶそうです。
PC182176.jpg
この機体は愛媛県南宇和郡城辺町久良湾の海底で発見され、引き上げられました。
昭和20年7月24日に大村基地を発進した第三四三航空隊の紫電改21機のうち
未帰還機が6機ありまして、この紫電改はそのうちの1機だと言う事です。
しかし誰の搭乗機かはわからず、亡くなった6名の方の写真が飾られています。

局地戦闘機とは防衛するための迎撃機であり、
すでに戦局は零戦のような航続距離を必要としなかったわけです、
そして紫電改は空襲にやってくるB29に立ち向かいました。

参考は紫電改展示館で買った、光文社「還ってきた紫電改」より。

紫電改その2へつづく

川西の二式大艇へ
靖国神社遊就館の零戦52型へ
鹿屋航空基地史料館の零戦52型へ
九三式中間練習機へ

  1. 2011/07/13(水) 21:38:43|
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紫電改 その2  紫電改展示館    愛媛県南宇和郡愛南町

PC182186.jpg
紫電改と言えば海軍三四三航空隊、これは源田実大佐が歴戦のパイロットを集め、紫電改によって
米軍を迎え撃つというコンセプトで、昭和19年12月25日に開隊されました、
そして海軍三四三航空隊、通称「剣」は松山に集結します。
PC182184.jpg
昭和20年3月19日、三四三空は松山上空付近において敵編隊との初の空戦を行い、
米軍機57機撃墜という大戦果を上げます。
まさに日本戦闘機隊の最後の意地だったわけですが、当然源田実の思うようには戦局は好転せず
敗戦に向かっていくわけです。

この引き上げられた紫電改、昭和20年7月24日の出撃で未帰還の6機のうちの
1機であるという可能性が高いということは先に述べましたが、
「還ってきた紫電改」より遺族の方のお話を。

「それこそ戦争に敗けたんも神武以来だもんね。国はじまって以来だもん。
戦争ばぁかり十年にいっぺんしてたから、年じゅう貧乏して。
明治の人間でラクしてきた人なんかありゃしない。・・・苦労したよ。無駄苦労だよ」

さてこの国はどこに向かっていたのだろうか、
膨大な金と時間と人間を浪費し坂の上にはなんかあったのだろうか。

P7135186.jpg
これは紫電改展示館の売店で売っている紫電改のマスコット。
個人の方の手作りだということです、おみやげに是非。
売店の方の話だと隊長機バージョンもあるらしいです、
これは一般機ですが、行った方は探してみてください。

それでは次はやはり松山へ。
松山航空基地跡へつづく

紫電改その1へ
川西の二式大艇へ
九三式中間練習機へ
若獅子神社の九七式中戦車へ
原爆ドームへ
  1. 2011/07/15(金) 20:46:20|
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九三式中間練習機 河口湖自動車博物館飛行館 山梨県南都留郡

では河口湖自動車博物館飛行館の展示機を見て周りましょう。
CIMG1889.jpg
日本海軍の主力練習機として幾多の搭乗員を育てた九三式中間練習機です、通称「九三中練」。
この機体はシルバーなんですけど当時橙色の塗装で「赤トンボ」と呼ばれていました。
海軍では昭和5年に空技廠で新型の中間練習機の開発を進め、
昭和6年に1号機を完成させ、九一式中間練習機と名付けれれるが評判が悪く、
改良型の開発をしろということで、昭和8年に試作1号機を完成させます、
これは素晴らしいということで昭和9年に九三式中間練習機として制式採用されます。

2人乗りで、前に練習生、後ろに教官が乗り、互いの操縦席が連動していて、
教官に怒られながら訓練を重ねます。そして教官が大丈夫だと判断すると単独飛行が許されます。
CIMG1914.jpg
さてこの「赤トンボ」も戦争末期には特攻機として使用されたようです、
練習機に爆弾積んで飛び立っていく姿は悲しすぎる。

製造数も多く練習機なので終戦時には多く残っていたらしいが、この機体はレプリカとのこと。

さらに他の展示機へ
一式陸攻へつづく

河口湖自動車博物館飛行館の零戦21型へ
万世特攻平和祈念館の零式水偵へ
土浦海軍航空隊跡 医務科棟へ
三式中戦車へ
  1. 2011/08/14(日) 17:08:12|
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一式陸上攻撃機二二型   河口湖自動車博物館飛行館   山梨県南都留郡

CIMG1942.jpg
九六式陸上攻撃機の後継として三菱重工業が開発、昭和16年に制式採用される。
いわゆる皇紀2601年だから1式、2600年だと零式。
さてこの一式陸攻も航続距離が長いけれども軽量化のため防弾装備がないがしろにされ、
翼の燃料タンクに被弾すると1発で炎上してしまうため「ワンショットライター」と揶揄されたそうだ。
しかし狙われやすい主翼の燃料タンクに防弾が無いとは・・・
CIMG1950.jpg
日の丸の真ん中がハッチなんですね。
ソロモン上空で山本五十六連合艦隊司令長官が米軍機に襲撃され、
戦死した時に乗っていたのがこの一式陸攻です。

この展示してある一式陸攻は30年前に機体後部を回収し、
5年前から全体の復元作業を進めてきて、とりあえず完成ということです。
CIMG1921.jpg
こんな感じでまだまだ現在もソロモン諸島に数10機の機体が放置されているとのことです。
館内写真から、これは11式とのこと。

さらに他の展示機へ
河口湖自動車博物館飛行館の零戦52型へつづく


河口湖自動車博物館飛行館の零戦21型へ
九三式中間練習機へ
二式大艇へ
茂原海軍航空基地へ
  1. 2011/08/16(火) 17:14:13|
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秋水  三菱重工業名古屋航空宇宙システム製作所史料室  愛知県西春日井郡

P8255281.jpg
三菱重工名古屋航空宇宙システム製作所史料室に展示してある「秋水」です、
この史料室は月、木曜日のみ完全予約制で見学可能。敷居が高いですが有休取って行ってきた。
上司に有休取得の理由を聞かれ
「いや小牧に三菱の工場があって、そこの資料室に「零戦」と「秋水」があるんですよ・・・でも平日しか開いてなくて」
「ほほう、あそこは俺も昔仕事で中入ったことあるけど、
たしかトマホークとか作っててセキュリティ厳しいから、怒られないようにな」とのアドバイスがあった。
トマホークを作ってたのかどうかはわからんが、工場等の写真撮影は厳禁です。
P8255270.jpg
以下案内板から
さて日本初の有人ロケット戦闘機「秋水」(世界的にもドイツに次いで2番目)は
終戦間近の昭和19年8月に三菱に設計・試作が発注され、そのわずか11ヵ月後に試作機が完成します。
しかし試験飛行でエンジントラブルにより墜落、大破し実戦には間に合いませんでした。
秋水は高度10000メートルまで3分半で上昇、時速600~800キロで接触攻撃、
そしてすでに燃料切れになっているので滑空して帰還するという戦闘機でした。
そうすでに制空権を失った我が国の10000メートル上空を、我が物顔で飛行し、
爆撃を行なうB29を、迎撃するために開発された戦闘機でした。
P8255260.jpg
秋水は日独連絡潜水艦で持ち帰ったドイツのメッサーシュミットMe163の僅かな資料を元に開発されました。
この機体は昭和36年6月、横浜市の日本飛行機杉田工場の地中から発見され、
航空自衛隊岐阜基地に保管されていた。そして復元のため三菱重工へ寄贈され、
小牧南工場で秋水の復元工事が始まり平成13年12月に復元が完了する。
P8255268.jpg
手前が復元されたロケットエンジン「特呂2号」。
甲液(過酸化水素水とピロ燐酸ソーダなどの添加液)と乙液(メタノールと水化ヒドラジンなどの添加液)
を10対3.6の割合で噴射反応させ、発生する高温高圧ガスを後方に噴射し推力を得た。
            
史料室の零戦につづく

「秋水」燃料庫跡へ
二式大艇へ
河口湖の零戦へ
靖国神社遊就館の零戦その1へ
茂原海軍航空基地へ
  1. 2011/11/23(水) 01:28:18|
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91式戦闘機2型   所沢航空発祥記念館      埼玉県所沢市

IMG_6114.jpg
所沢航空発祥記念館に展示されている91式戦闘機の胴体部分です。
91式戦闘機は中島飛行機が設計、昭和6年に日本陸軍に正式採用された。
最高速度が時速300キロを超える欧米航空先進国の水準に近づいた初の国産戦闘機であった。
IMG_6115.jpg
この展示機は91式戦闘機2型で、300機以上生産された1型に比べ、
2型は20機程度しか生産されなかったそうです。
1型から2型への変更点は外国で設計されたエンジンから、
中島飛行機が設計生産したエンジンに換装したことなのだそうだ。
IMG_6119.jpg
この機体、宮城県に住む民間人が第2次大戦中に購入し、長らく眠っていたそうだ。
現在は所沢航空発祥記念館に重要航空遺産として保存、展示されている。
                            (すべて案内板から抜粋)
所沢航空発祥記念館へは西武新宿線航空公園駅下車。

西部新宿線で本川越まですぐのようなので蔵のまち川越に行ってみるかと
旧第八十五銀行本店本館へつづく

ブレーンズ・オブ・フェイム航空博物館の零式艦上戦闘機52型へ
鹿屋航空基地史料館の零戦52型へ
大和ミュージアムの零戦62型へ
九三式中間練習機へ
二式大艇へ
調布陸軍飛行場跡の掩体壕へ
知覧飛行場へ
大刀洗飛行場跡その1へ
  1. 2012/12/16(日) 00:30:04|
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