さまよう雨男

出掛けると道に迷うか雨に降られます。 そんな私の散策の記録。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

千葉刑務所 矯正展    千葉県千葉市

さて府中刑務所で味をしめたので今度は千葉刑務所の矯正展へ。
IMG_0952.jpg
このレンガ造りの正門はいわゆる旧千葉監獄正門で明治40年に竣工。
千葉監獄は明治の五大監獄の1つ、あとは金沢、奈良、長崎、鹿児島監獄で、
現役で使われてるのはここと、旧奈良監獄の現奈良少年刑務所。
五大監獄はすべて司法省営繕課の山下啓次郎が中心となって設計された。
IMG_0919.jpg
こちらは内部の旧千葉監獄本館、現千葉刑務所管理棟。改修されていて中はいたって普通。
山下啓次郎は東京帝国大学工科大学(現東京大学工学部)卒業。
あの辰野金吾のもとで建築の勉強をしたそうだ、なるほどレンガでわかりやすい。
山下啓次郎は欧米の監獄を視察して、日本の監獄を設計したそうだ、
なるほど行ったことはないが「これはハウステンボスの写真です」と言っても
バレないような気がする。

んでは矯正展の模様へ。
IMG_0925.jpg
展示されていた護送車。
IMG_0943.jpg
ハイエースなんですけどやはり中はこんな感じ。
IMG_0923.jpg
府中刑務所と同じく内部見学ができます、府中は車でしたがこちらは徒歩で周ります、
デジカメ、携帯電話はもちろん煙草とライターも持ち込み禁止です。
府中と違い作業所、大浴場、体育館などの内部が見学できます、
作業所は昔の東映映画に出てくる感じとほぼ同じ、
大浴場は最近新しく出来たそうで、場末の銭湯なんかよりよっぽど綺麗。
刑務官の方の説明もとてもわかりやすく、受刑者の作業の時給は多くて47円だとか、
千葉刑務所は初犯の長期受刑者を収容しているそうで、長い刑期のため受刑者の作業の精度が高く、
クオリティの高い製品を作り出せるのだそうだ。そこを自慢されても微妙な気分だが。
初犯の長期刑ということは、犯した罪はやっぱり・・・
ただ刑務所の中を見たいという方は同じ矯正展でも、府中より千葉をお勧めします。
IMG_0928.jpg
せっかくなのでいつもは見れない正門の裏側を。
IMG_0947.jpg
近代建築的にも社会科見学的にも良いです。
毎年、府中が文化の日で千葉が次の週くらいなので比べてみるも良し。
千葉駅からバス、県職員能力開発センター入口下車すぐ、
そんな感じです。

同じく明治の五大監獄
旧鹿児島刑務所正門へつづく

旧日本勧業銀行本店へ
府中刑務所へ
巣鴨監獄表門へ
巣鴨プリズン跡へ
スポンサーサイト
  1. 2011/11/13(日) 23:46:08|
  2. 千葉県
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

旧日本勧業銀行本店(千葉トヨペット株式会社本社)  千葉県千葉市

IMG_0611.jpg
京成稲毛駅から歩いて国道14号を歩道橋で渡っていると「ほほう、あんな所に寺が」と、
思ってしまうような屋根が見えてくるが、実は千葉トヨペットの本社で元々銀行らしい。
当初は東京都千代田区に日本勧業銀行本店として妻木頼黄・武田五一の設計で明治32年に建設、
その後大正15年に京成電気軌道会社(京成電鉄)に売却され、
谷津遊園に移築され食堂や演芸場に使用されたとのこと、むしろその方がしっくりきます。
んで昭和15年には千葉市役所庁舎として再移築、昭和36年に新庁舎建設のためお払い箱になり、
昭和40年に現在地に再々移築され、千葉トヨペット本社として現在に至ると。
さすがに内部は鉄筋コンクートに改築されていて、現役なので古さを感じさせませんが、
プリウス買っちゃおうかなと思うような雰囲気ある外観であります。
IMG_0603.jpg
唐破風を見ていると玄関に「源泉かけ流し」とか書いてあれば、
疑いも無く温泉旅館と思って入ってしまいそうな佇まいである。
国登録有形文化財。

近くの旧神谷伝兵衛稲毛別荘へつづく

旧日本勧業銀行台北支店へ
旧周防銀行本店へ
旧遠州銀行本店へ
伊東の温泉旅館、東海館へ
千葉刑務所へ
道後温泉本館へ
  1. 2011/11/16(水) 22:56:25|
  2. 千葉県
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

旧神谷伝兵衛稲毛別荘     千葉県千葉市

IMG_0619.jpg
千葉トヨペット本社から道向かいの稲毛神社へ、
そこから千葉街道を歩いていくと「千葉市民ギャラリーいなげ」があります。
その構内にある国登録有形文化財に指定されたこの建物は、
神谷伝兵衛というお金持ちが病気療養のために大正7年に建てた別荘です。
このあたりはかつては白浜が続く海浜のリゾート地だったようで、別荘には最適だったようだ。
かつては生活用の和館と付属施設があったが、現在は接客用の洋館だけ残っている。
IMG_0624.jpg
1階洋室。ボランティアさんが建物の説明をしてくれます。
設計者等は不明。
鉄筋コンクリート造りで、千葉市内に現存する鉄筋コンクリート建築としては最古、
全国的にも初期、そして大正12年の関東大震災に耐えた。
しかし平成23年の東日本大震災により、壁にひびが入ってしまったそうだ。
この国は常に天災と共にあり、そして続いていく。
吉村昭の「三陸海岸大津波」を読むべし。
IMG_0638.jpg
2階は打って変わって和室。旧呉鎮守府司令長官官舎の時と同じ気分。
さて持ち主だった神谷伝兵衛は安政3年(1856)生まれ、
17歳の時、職場で原因不明の病に倒れてしまうが、お見舞いに貰ったワインで回復。
これは良いと言うことで、日本にワインを普及させるべく日本人の口に合うように、
輸入ワインにハチミツや薬草を混ぜ「蜂印香竄葡萄酒」を作成し販売。
その後日本でワインを製造するため、茨城県牛久に「牛久醸造所」(シャトーカミヤ)を開業、
名実共に日本のワイン王になるわけです。
IMG_0649.jpg
ベランダ。伝兵衛は週末だけ利用していたとのことだ。

神谷伝兵衛は浅草に日本発の洋酒バー「神谷バー」を開業しました、
なので「神谷バー」につづく

旧呉鎮守府司令長官官舎へ
旧日本勧業銀行本店へ
千葉刑務所へ
  1. 2011/11/18(金) 22:38:12|
  2. 千葉県
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

「秋水」燃料庫跡     千葉県柏市

IMG_0565.jpg
閑静な住宅街の片隅の畑に、コンクリートの筒がニョキニョキと生えてます。
この辺りには太平洋戦争末期にB29迎撃を目的に開発された、ロケット戦闘機「秋水」の燃料庫がありました。
陸軍は柏飛行場を秋水の基地とし、飛行場から2キロほど離れたこの場所に地下貯蔵庫を建設しました。
IMG_0570.jpg
さてこの筒ですが通気口とのことで、ヒューム管と言うらしい。
さて問題の秋水の燃料ですが、
甲液として過酸化水素の濃度80%の水溶液に安定剤を加えたものに対し、
乙液であるメタノール57%、水化ヒドラジン37%、水13%の混合液を化学反応させるものでした。
さて過酸化水素は現在の危険物で言うところの第6類、酸化性液体で、
50%以上の濃度だときわめて不安定であり、貯蔵するためには暗い冷所で、
容器を密栓してはならないとあります、なので通気口が必須だったと言う事なんでしょうか。
結局「秋水」は実戦には投入されず敗戦を迎えます。
IMG_0580.jpg
所有者の方が畑仕事していたので、写真撮っても良いですかと聞いたら、
「いいよ~みんな撮ってくけど何に使うの~」「こないだ4チャンネルが取材に来たよ~」
と言っておられました、中は空洞で昔は下の入り口から中に入れたそうだ。
あと「柿食べる?」と聞かれたので、私は石田光成ではないのでありがたく頂戴いたしました。
IMG_0586.jpg
交番の裏手あたりのコンクートの固まりも燃料の貯蔵庫。
IMG_0596.jpg
入り口。国有地とあるが放置されているようで、
これだけのものを撤去するのも大変だし、
とりあえず案内板でも建てとけばカッコが付くのだが。
JR柏駅からバス、東急ビレッジ行きで花野井木戸下車。

「秋水」につづく

松山航空基地跡へ
大刀洗飛行場跡へ
知覧飛行場跡へ
旧日本勧業銀行本店へ
千葉刑務所へ
  1. 2011/11/21(月) 19:43:38|
  2. 千葉県
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

茂原海軍航空基地跡 掩体壕        千葉県茂原市

調布の掩体壕から関東で掩体壕と言えば茂原と言うことでやってきた。

日中戦争が泥沼化し日米開戦が間近に迫った昭和16年9月、
茂原市の東郷地区に海軍飛行場の建設が決定、建設が急ピッチで行なわれた。
飛行場建設予定地の住民は、軍により強制的に移転させられたという。
飛行場には長さ1200メートル、幅80メートルの滑走路と
航空隊本部および兵舎などが置かれた。
掩体壕は当時20基造られたそうで、現在も11基残っているそうだ。

なにぶん徒歩で方向音痴なのでわかりやすい所を出来るだけ見たいと思います。
IMG_1961.jpg
1つ目は新茂原駅を降りて前の道を真っ直ぐ歩くと見えてきます、
個人宅の敷地内のようで草木に囲まれた壕の中に車が収納されています、
車庫としては頑丈ですし再利用の仕方としては間違いないのだが、
車高の高い4駆だったら屋根を擦ってしまいそうだ。
IMG_1981.jpg
さらに橋を渡ってズンズン行くと畑の中に2つ目を発見。
倉庫として使われているようです。
IMG_1968.jpg
後ろから。結構ボコボコしてて形が悪いです。

茂原海軍航空基地跡 掩体壕その2へつづく

調布陸軍飛行場跡 掩体壕へ
松山航空基地跡 掩体壕へ
知覧飛行場へ
万世飛行場跡へ
秋水燃料庫跡へ
  1. 2012/02/19(日) 13:24:29|
  2. 千葉県
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

茂原海軍航空基地跡 掩体壕 その2    千葉県茂原市

IMG_1983.jpg
こちらが茂原市が保存管理している掩体壕、案内板も設置。
案内板によると当時20基あった掩体壕の中でも最大の規模なのだそうだ。
調布の掩体壕も中学生まで動員し急ピッチで造られたとあったが、
茂原も当時の長生中学校や茂原農学校の生徒が動員され、事故により死者も出たとのことだ。
IMG_1989.jpg
鉄骨が見えてます。
IMG_1990.jpg
茂原基地に駐屯した部隊は海軍第二五二航空隊と称され、
大戦末期にはここ茂原から神風特攻隊が鹿児島へ向かい、沖縄の空へ消えていった。
IMG_1996.jpg
後ろから。
IMG_2003.jpg
さらに道を進んでいくともう1つ掩体壕が見えますが民家の敷地内なので正面からは見えませんでした。
廻りこんで駐車場になっている所から見るとかなり大きな規模のようです。

茂原海軍航空基地跡 掩体壕その3へつづく

茂原海軍航空基地跡 掩体壕その1へ
調布陸軍飛行場跡 掩体壕へ
松山航空基地跡 掩体壕へ
知覧飛行場へ
万世飛行場跡へ
  1. 2012/02/21(火) 20:09:59|
  2. 千葉県
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

茂原海軍航空基地跡 掩体壕その3     千葉県茂原市

IMG_2006.jpg
さて道沿いから後姿を畑の中に発見。
IMG_2013.jpg
廻りこんで正面から。
IMG_2022.jpg
近くにもう一基あります、空き地のようなので近づけます。
IMG_2014.jpg
内部を見てみるとコンクリートに混ぜ物がしてあるのがわかります。
IMG_2019.jpg
後ろから。
なんか毛が生えてるみたいでちょっとかわいい。
IMG_2024.jpg
2基の位置関係はこんな感じ。

写真撮ってたら犬のお散歩中のご婦人に声をかけられた、
「この辺いっぱいあるでしょ掩体壕、倉庫とか卓球場にしてるとこもあるのよ」と言っていた、
「壊したくても壊せないんだけなんだけどね~」とも。

とりあえず6基見れたので満足。
もうひとつ豪邸の中にあるのを見かけたのだが、外からはよく見えませんでした。

横浜へつづく

茂原海軍航空基地跡 掩体壕その1へ
茂原海軍航空基地跡 掩体壕その2へ
調布陸軍飛行場跡 掩体壕へ
松山航空基地跡 掩体壕へ
知覧飛行場へ
秋水燃料庫跡へ
  1. 2012/02/23(木) 19:53:38|
  2. 千葉県
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

陸軍鉄道第一連隊演習場跡(千葉公園)    千葉県千葉市

現在の千葉公園一帯は陸軍鉄道第一連隊の演習場でした。
鉄道連隊は戦地での鉄道の建設と復旧、架橋、運行を行ない、
兵員と物資の輸送をはじめとして、時には敵の鉄道を破壊するなどという鉄道専門の部隊なのだそうだ。
補給路の確保などの重要性から明治29年に鉄道大隊が創設され、
鉄道連隊と昇格となった明治41年に東京、中野から千葉県千葉郡津田沼町に転営。
その後の改変を得て、大正7年に千葉町に鉄道第一連隊、津田沼町に鉄道第二連隊が置かれました。
現在も千葉公園にいくつか当時を偲ばせるものが残されています。
IMG_1916.jpg
千葉公園の管理事務所の奥のほうにある鉄道連隊演習用コンクリートドーム。
IMG_1923.jpg
横から。
IMG_1919.jpg
部隊徽章も付いてます。
IMG_1912.jpg
鉄道連隊架橋訓練跡。
橋脚がそのまま残されています。

千葉都市モノレール、千葉公園駅下車すぐです。

近くに残る
陸軍鉄道第一連隊材料廠へつづく

千葉の
茂原海軍航空基地跡 掩体壕その1へ
茂原海軍航空基地跡 掩体壕その2へ
秋水燃料庫跡へ

眼鏡橋へ
丹那トンネルへ
新丹那トンネルへ



  1. 2012/03/24(土) 01:24:06|
  2. 千葉県
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

陸軍鉄道第一連隊材料廠(千葉経済学園)  千葉県千葉市

IMG_1933.jpg
千葉公園から千葉モノレール沿いに作草部駅の方へ、
現在の千葉経済学園と轟町の住宅地はかつては陸軍関係の施設がいっぱいあったそうで、
千葉経済学園の敷地内に赤レンガの陸軍鉄道第一連隊の材料廠の建物が残っています。
この建物は明治41年に鉄道連隊材料廠の機関車の修理工場として建築、
戦後、日本国有鉄道が大蔵省から借り受けて、レール等の修理工場として使用された。
IMG_1936.jpg
現在は千葉経済学園が所有し、例によって倉庫として利用されています。
千葉県内に残る数少ない明治期の煉瓦建築で、
建築的にも貴重な建物ということで、千葉県の指定有形文化財になっています。
IMG_1940.jpg
だいぶ離れた大学の門のところに色あせた案内板があります。

近くにある
気球聯隊第二格納庫へつづく

陸軍鉄道第一連隊演習場跡へ
陸軍被服支廠倉庫へ
旧宇品陸軍糧秣支廠缶詰工場へ
旧呉海軍工廠電気部関係建造物へ
呉鎮守府へ
  1. 2012/03/26(月) 20:27:20|
  2. 千葉県
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

気球聯隊第二格納庫 (川光倉庫) 千葉県千葉市

IMG_1954.jpg
千葉経済学園から道路を隔ててモノレール作草部駅から北側へ進んだあたりは、
かつて陸軍気球連隊の敷地だったそうで、
現在、川光倉庫の米穀倉庫して使用されているこの建物はかつて、気球の格納庫だったそうです。
千葉県には東京中野から埼玉県所沢を経て、、昭和2年に陸軍気球隊が移転、
昭和11年に陸軍気球連隊に昇格、帝国陸軍唯一の気球部隊であり、連隊番号はなし。
現存するこの倉庫は第二格納庫で西側には三角屋根の第一格納庫があったそうだ。
IMG_1944.jpg
航空兵器はすでに飛行機の時代であり気球は時代遅れであったが、
気球聯隊の任務として「ふ」号作戦、すなわち風船爆弾がありました。
福島県いわき市勿来、茨城県北茨城市大津、千葉県一宮町の3ヶ所から、
終戦までに約9000個に及ぶ風船爆弾が放たれ偏西風に乗り、アメリカ本土を目指して行った。
アメリカの人的被害は、オレゴン州の森林公園で風船爆弾が破裂し民間人6人が死亡したという話だけだ。
IMG_1949.jpg
裏手のコンクリート塀も陸軍時代のものだそうだ。

千葉散策へ
千葉高架水槽へつづく

陸軍鉄道第一連隊材料廠へ
陸軍鉄道第一連隊演習場跡へ
茂原海軍航空基地跡 掩体壕その1へ
秋水燃料庫跡へ
陸軍被服支廠倉庫へ
  1. 2012/03/27(火) 22:03:26|
  2. 千葉県
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
次のページ

カレンダー

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

最新記事

カテゴリ

大日本帝国陸海軍兵器 (43)
零式艦上戦闘機 (11)
その他軍用機 (8)
海のもの (10)
陸のもの (9)
その他小物いろいろ (5)
建造物と建築物と史跡とか (323)
北海道 (16)
茨城県 (7)
栃木県 (22)
千葉県 (16)
埼玉県 (9)
東京都 (28)
神奈川県 (14)
新潟県 (7)
福井県 (3)
長野県 (25)
山梨県 (1)
静岡県 (10)
愛知県 (16)
大阪府 (14)
兵庫県 (1)
広島県 (35)
山口県 (7)
徳島県 (19)
愛媛県 (14)
福岡県 (13)
大分県 (21)
鹿児島県 (25)
台湾編 (28)
シンガポール編 (12)
ベトナム編 (15)
タイ編 (26)
カンボジア編 (40)
その他色々 (9)
ド素人釣り日記 (19)

月別アーカイブ

最新コメント

FC2カウンター

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
!-- [FC2 Analyzer] http://analyzer.fc2.com/ -->