さまよう雨男

出掛けると道に迷うか雨に降られます。 そんな私の散策の記録。

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南海電鉄浜寺公園駅     大阪府堺市

PC302498.jpg
さて西の洋風木造駅舎といえばここだろうということで、南海電鉄浜寺公園駅へ。
東はどこかは知らんが、明治40年建築で今のところ現役。
この美しい駅舎は、東京駅設計の辰野金吾が片岡安と設立した辰野片岡事務所が設計。
PC302503.jpg
かつて浜寺公園の砂浜が海水浴場で、大いにリゾート地として賑わったそうだ、
多くの人達が下車したであろうこの駅は、私鉄ではもっとも古い駅舎だそうだ。
国登録有形文化財。
PC302506.jpg
沿線の高架化で移築・保存されることが決定しているらしい。
明治生まれのこの美しい建築物が現役だという奇跡を今のうちに見に行こう。

諏訪ノ森駅へつづく

西岩国駅へ

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  1. 2011/10/18(火) 21:35:43|
  2. 大阪府
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南海電鉄諏訪ノ森駅     大阪府堺市

PC302513.jpg
浜寺公園駅から一駅、南海電鉄諏訪ノ森駅上りホームの西駅舎も古く、大正8年の建築。
大正生まれとは思えないオシャレで綺麗な小さな駅です、
いやむしろ大正だからこそなのか。
浜寺公園駅と同じく国登録有形文化財だが、この駅も高架化によりいつかは無くなる運命なようです。
PC302517.jpg
ステンドグラス。砂浜と淡路島が描かれているそうだ。
んで出口じゃなくて「Exit」。

鹿児島の築100年
嘉例川駅へつづく

浜寺公園駅へ
西岩国駅へ
  1. 2011/10/20(木) 20:59:13|
  2. 大阪府
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旧陸軍第四師団司令部庁舎         大阪府大阪市

かれこれ10年前に大阪に来たとき大阪城を見て、すぐ隣のこの建物はなんぞやと、
すでに大阪府立博物館は閉館していて利用されてはいなかった。
その後これが旧陸軍第四師団司令部庁舎とわかって、そりゃ威厳のある建物なんだと、
そんなこんなで久方ぶりに再訪。大阪城天守はみんな写真撮ってるけど、こちらは1人もおらず。
IMG_4767.jpg
城郭跡を旧陸軍が利用するのは日本各地で見られるわけですが、
ここ大阪城内も明治以来大阪鎮台が、のちに陸軍第四師団が置かれました。
のちに大阪城天守閣再建の声が市民から盛り上がり、
天守閣再建と共に城内に点在する軍関係施設をまとめるため第四師団司令部庁舎が建設されました。
IMG_4771.jpg
どちらかと言うと市民の寄附金でこの建物を建て、第四師団に寄付し、
そのかわり天守閣を再建させてくれという感じのようだ、今じゃ考えられんがさすが日本軍。
第四師団司令部庁舎の建設費が当時の金額で約80万円、大阪城天守閣が約48万円なのだそうだ。
IMG_4775.jpg
大阪城天守閣と同じ昭和6年建設。
戦後GHQに採取、解除後は大阪市警などに利用され、平成13年まで大阪市立博物館として利用された。
現在は空家なのだが、これだけの建物なので再利用が検討されているというが・・・

すぐ横には
大阪城天守閣へつづく

旧陸軍第15師団長官舎へ
旧陸軍第15師団司令部庁舎へ
旧高田十三師団長官舎へ
旧呉鎮守府司令長官官舎へ
旧呉鎮守府へ
市ケ谷記念館へ
  1. 2012/08/26(日) 13:14:53|
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大阪城天守閣            大阪府大阪市

IMG_4755.jpg
せっかくなので大阪城天守閣です。
現存の姫路城と比べて鉄筋コンクリートだとか、
城なのにエレベーターがあるとか言われることもありましょうが、むしろ比べるのもどうかと。
大阪城天守閣の初代は勿論大阪夏の陣で焼失、徳川の2代目天守閣は江戸時代に落雷で焼失、
現在の3代目は天守閣復興を願う市民の寄付によって昭和6年に建設された。

大坂夏の陣図屏風に描かれた豊臣大阪城を基に設計、一応時代考証があるということで、
復興天守なのだそうで、日本中にある復興された天守閣としては日本初(模擬天守なら以前にもあるそうだが)。
初代が32年、2代目は39年で焼失したため太平洋戦争を生き抜いた3代目は、
大阪城天守の中でも一番長い歴史を持つ立派な歴史的建造物なのであります。
ゆえに国登録有形文化財。

天守にこだわらずとも大阪城は重要文化財の門に櫓、そしてなによりも堀と石垣に
豊臣よりも凄いの造ったれという、徳川幕府の意地みたいなものが感じられる壮大な城郭です。
それに加えて天守に大阪市民の情熱を感じるというのが粋ってもんでしょう、
レプリカが地元民の愛と長い年月でで本物になっていく、良いんじゃないでしょうが。
私も色々城を巡りましたが一番感動したのは・・・う~ん・・・やっぱり姫路なんですけど。
IMG_4763.jpg
やはり中国人多いです。韓国人も。秀吉大人気だね。

現在の大阪城公園周辺はかつてはアジア最大の軍事工場でした
大阪砲兵工廠跡へつづく

旧陸軍第四師団司令部庁舎へ
  1. 2012/08/27(月) 20:25:47|
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大阪砲兵工廠跡 その1        大阪府大阪市

IMG_4744.jpg
かつて大阪城公園一帯はアジア最大の軍事工場と言われた大阪造兵工廠がありました。
昭和20年8月14日という終戦前日に行なわれた大阪空襲によりほぼ壊滅、
当時の正門あたりに在りし日を伝える碑が建っています。
IMG_4747.jpg
正門のあたり。
明治3年、大阪造兵司が新設。明治12年、大阪砲兵工廠となり、
主に火砲・戦車・弾薬類を開発・製造していたんだそうだ。
昭和20年の最盛期には6万8千人もの従業員が働いていた。
IMG_4741.jpg
正門跡を入ったすぐのところにある、
守衛詰所とも便所とも言われている現存しているレンガの建築物。
かなり荒廃していて、朽ちるにまかせているようだ。

大阪砲兵工廠跡 その2 化学分析場へつづく

旧呉海軍工廠へ
旧呉海軍工廠本部前へ
旧呉海軍工廠電気部関係建造物へ
陸軍被服支廠倉庫へ
旧フォード自動車工場へ
気球聯隊第二格納庫へ



  1. 2012/08/28(火) 20:29:15|
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大阪砲兵工廠跡 その2 化学分析場     大阪府大阪市

IMG_4738.jpg
大阪砲兵工廠跡に現存している旧化学分析場。
大正8年に竣工された、もはや当時の記憶を残す唯一の建築物。
IMG_4736.jpg
戦後は阪大工学部校舎や自衛隊の施設として使用されたようだが現在は廃墟同然のようだ。
貴重な建築物なので保存し内部が公開されたらうれしいが、その可能性はほぼ無さそう。
IMG_4732.jpg
そんなかんじです。

大阪砲兵工廠跡 その3へつづく

大阪砲兵工廠跡 その1へ
旧陸軍第四師団司令部庁舎へ
旧呉海軍工廠へ
旧呉海軍工廠電気部関係建造物へ
大久野島毒ガス工場跡へ
旧日立航空機立川工場変電所へ
旧フォード自動車工場へ
  1. 2012/08/29(水) 19:27:01|
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大阪砲兵工廠跡 その3 大阪砲兵工廠荷揚げ門      大阪府大阪市

IMG_4721.jpg
大阪城ホールから川のほうへ、川沿いを歩くと石造りの大阪砲兵工廠荷揚げ門が残っています。
運河から砲兵工廠へ大量の物資を荷揚げ、積み込みするために明治4年に建造された。
IMG_4718.jpg
立ち入り禁止なのフェンスの外から覗いてみる。

大阪砲兵工廠といえば開高健の「日本三文オペラ」ですね、
終戦直後、米軍の空襲により瓦礫の山になった砲兵工廠にある大量の鉄くずを、
トウガラシ食い特有の気の短い在日朝鮮人(文中の表現ですよ)を中心とした「アパッチ族」が盗んでいくお話。
大量の瓦礫と不発弾が残る中、夜な夜な鉄くずをかっぱらっていく「アパッチ族」、
そのエネルギーと行動力をほんの少しだけ感心する。ただの盗人なんだけれども。
IMG_4716.jpg
大阪城ホール南西にある砲兵工廠跡碑。
大阪城ホールは砲兵工廠本館あった場所に建てられたんだそうだ。
砲兵工廠もアパッチもたかだか100年以内の出来事だが、
碑なんてのは昭和も戦国時代も関係なく、そこになにがあったのかを示すだけだ、
とくに近代と中世が混在している大阪城内だとなにかあの戦争も遠い幻のような気になってしまう。

近くにある戦争関係の資料館
ピースおおさかへつづく

大阪砲兵工廠跡 その2 化学分析場へ
大阪砲兵工廠跡 その1へ
旧陸軍第四師団司令部庁舎へ
旧呉海軍工廠へ
大阪城天守閣へ

  1. 2012/08/30(木) 20:25:18|
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ピースおおさか・大阪国際平和センター         大阪府大阪市

大阪城から地下鉄森ノ宮駅方面へ、大阪空襲などの資料を展示したピースおおさかへ。
IMG_4813.jpg
こちらがかの大阪砲兵工廠の瓦礫なんだそうだ。
「日本三文オペラ」だとアパッチ達がかっぱらってたのはこんな生易しいものではないが。
IMG_4812.jpg
同じ所に展示してある1トン爆弾の破片。大阪城の石垣への至近弾とも。
IMG_4781.jpg
こちら1トン爆弾。
IMG_4801.jpg
毒ガス工場で使用された防毒マスク。
毒ガス工場があった大久野島の資料館は撮影禁止だったのでせっかくなので撮っておいた。
隣には日本軍が中国で毒ガスを使用したという報告書が展示してある。
IMG_4809.jpg
なぜかアウシュビッツ強制収容所関係の展示もあります。
アウシュビッツ11号棟の地下牢なんだそうだ、しかしアウシュビッツ関係の写真は正直きついな。
たぶん南京などとアウシュビッツを結び付けたいのかもしれないが、まったく関係がないぞ。
原爆関係の展示の隣にアウシュビッツ関係があったので、
そうか両方とも民間人の無差別大量殺戮で人類史上最大の愚行って言いたいのかと思ったぞ。

まあ各方面でなんやかんやと言われているピースおおさかでした。

まあしかし韓国やら中国が反日だろうがなんだろうが知ったことではないが、反日の日本人ってのは迷惑だね。
どーしても日本を悪く言いたい奴らの目的と正体はなんなんだろうな。

いやピースおおさかとは関係ない話ですよ。

再び大阪観光へ
大阪球場跡へつづく

大阪砲兵工廠跡 その3へ
大阪砲兵工廠跡 その2 化学分析場へ
大阪砲兵工廠跡 その1へ
旧陸軍第四師団司令部庁舎へ
旧呉海軍工廠へ
大阪城天守閣へ
大久野島毒ガス工場跡へ
台湾国軍歴史文物館へ
旧フォード自動車工場へ
  1. 2012/09/01(土) 00:59:26|
  2. 大阪府
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大阪球場跡    なんばパークス       大阪府大阪市

かつて南海ホークスの本拠地だった大阪球場、
ホークスは福岡へ、大阪球場は取り壊されて跡地に複合型商業施設なんばパークスが建設され、
今はここに球場があったことさえ信じられないくらい変貌しているが、
ほんのちょっとだけ歴史を伝えるモノがある。
IMG_4823.jpg
マウンドがあった位置にあるメモリアルプレート。
大阪球場は昭和25年に建設、正式名称は「大阪スタヂアム」なんだそうだ。
IMG_4825.jpg
こちらホームベース跡。
噴水の近くなので子供が遊んでいます、
さながら南海ホークスという球団の墓標のようだが。
IMG_4836.jpg
なんばパークス9階にある南海ホークスメモリアルギャラリーへ。
エレベーター横にホークスゆかりの品が展示してあります、
周りの庭園みたいなところにも選手の手形が展示してある。
IMG_4829.jpg
昭和34年の日本シリーズの優勝フラッグがあります。
この日本シリーズ、杉浦忠の4連投4連勝という伝説のシリーズです。
個人的な南海ホークスといえば「杉浦忠」「野村克也」「景浦安武」なのだが、
このギャラリー、大人のめんどくさい事情で野村克也の展示は一切無い。
南海の歴史に野村克也を無かったことにするには悲しいことだが、
ただ野村自身が野球人としての現在の地位を考えれば元南海なんてのは大した価値ではなく、
元巨人というだけで中途半端な成績の選手が解説やらなんやらでTV出てるようなのとは全く違うわけで。
IMG_4828.jpg
南海ホークス最後の監督、杉浦忠のユニホーム、
同時に杉浦忠は福岡ダイエーホークスの初代監督。
南海として最後の大阪球場の試合後のスピーチ、「行ってまいります」、
戻ってくることは期待できない、さながら戦地に行く兵士のようでした。

さらに大阪観光へ
天保山山頂へつづく

大阪城天守閣へ
浜寺公園駅へ
諏訪ノ森駅へ



  1. 2012/09/02(日) 11:31:53|
  2. 大阪府
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天保山山頂               大阪府大阪市

大阪の有名な観光スポット「日本一低い山」天保山へ。
IMG_4924.jpg
天保山山頂と二等三角点。
天保山は標高4.53メートル、
国土地理院発行の地形図に山名と共に掲載されている日本一低い山なのだそうだ。
天保2年、船の入港などのため、安治川の底に溜まった土砂を取り上げる工事が幕府により行なわれ、
2年の歳月と約10万1200人が動員され行なったこの工事により、
取り上げられた土砂が積み上げられて出来た山がこの天保山なのだそうだ、人工の山だったのね。
IMG_4923.jpg
明治天皇行幸記念碑。
天保山の標高は当初はもっと高かったそうだが、明治には砲台建設のため土砂が取られ、
昭和に入って地下水のくみ上げで地盤沈下がおこり、どんどん標高が下がり現在の高さになったそうだ。
IMG_4922.jpg
色んな所に登山ネタが紹介されています、登山証明書なども発行してくれるようで。
私が山頂付近で地元のハイカーの横で一休みしていると、
何人かの方々が山頂で記念撮影していきました。

山を降りて船に乗るのだ
天保山渡船場へつづく

大阪球場跡へ
大阪城天守閣へ
大阪砲兵工廠跡 その1へ
旧陸軍第四師団司令部庁舎へ
  1. 2012/09/04(火) 20:11:57|
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