さまよう雨男

出掛けると道に迷うか雨に降られます。 そんな私の散策の記録。

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台湾ひとり旅編  その1  龍山寺

さて台湾は日本が日清戦争後に下関条約により清朝から割譲された、
日本が初めて条約によって得た海外領土であり、明治28年から
昭和20年の敗戦により台湾地区の領有権を放棄するまで、
約50年間日本が統治していました。
現在も日本統治時代の建築物など残っていて、植民地支配による是非はあるとしても、
かつて日本人がなにかを目指し、なにかを夢見た土地であるのだろうと思いやってきました。
色々考えてもしょうがないのでとりあえず台北観光です。
IMG_0354.jpg
とりあえず1737年に建立されたという台湾で最も古く、有名なお寺だという龍山寺へ。
タクシーの運ちゃんに「ろんしゃんすう~」と言うと「の~ぷろぐれむ」と返ってきて、
あっさりたどり着きました。
IMG_0336.jpg
では本殿へ、煙がもうもうと立ち込めています。
建物自体は何度か再建していて、本堂は第二次世界大戦後の、1947年に再建されたそうだ。
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長~いお線香もらって参拝します。
IMG_0348.jpg
正殿の観世音菩薩。
IMG_0343.jpg
さて一角には「月下老人」という縁結びの神様がいまして大人気だそうだ、
熱心に女性の方がお参りしてました、んでお守りに赤い糸が置いてありまして、
んで私も神様にお伺いをたててから赤い糸を貰ってきた、効果はまだ無い。

台湾編その2、剥皮寮へつづく

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  1. 2012/01/02(月) 00:14:25|
  2. 台湾編
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台湾ひとり旅編  その2  剥皮寮

IMG_0370.jpg
龍山寺から徒歩数分、
レンガ造りのこの町並みは、清の時代から日本統治時代を得て現在まで残り、
剥皮寮歴史街区として保存されているのだそうだ。
剥皮寮は「ボーピーリャウ」と読むそうで、
かつてこのあたりは木材の皮を剥ぐ仕事が多かったため、そう呼ばれるようになったとか。
IMG_0369.jpg
なにやら円谷プロチックな方が描かれていますが。
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剥皮寮の外側、風情がありますな。
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内部には色々な展示があります。
これは高砂義勇隊だそうだ、1942年から日本政府は兵力増員のため台湾原住民の青年を
「高砂義勇隊」として編成し、戦地に投入したとのことだ。
IMG_0384.jpg
ちょっと外れるといかにもアジアっぽい風景がありますが。

台湾編その3、行天宮へつづく

台湾編その1、龍山寺へ

  1. 2012/01/03(火) 00:23:18|
  2. 台湾編
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台湾ひとり旅編  その3  行天宮~占い横丁

画像 068
龍山寺からMRTで行天宮へ、
行天宮は有名な廟でして、廟とは道教の寺のことだそうだが違いは良くわからん。
行天宮は三国志の関羽を祭っているそうで、関羽は武将なわけですが、
初めてそろばんを使った人なのだそうで商売の神様として信仰されているのだそうだ。
日本だと誰かな・・・計算高い武将・・・黒田官兵衛・・・ちょっと違うな・・・
むしろ石田光成か・・・慕われそうにないな・・・とか考えながら中へ。
画像 065
龍山寺と同じくお線香の煙でモクモクしています。
画像 062
水色の服着たオバちゃんがお祓いをしてくれるのだそうだ。
決して石立鉄男ではない。
画像 073
行天宮からすぐの所の地下通路に「占い横丁」があります。
画像 070
こんな感じですが、なにしろ客引きが凄まじく、飛田新地以上です。
TV番組の写真見せられて「アッキーナが来たよ、知ってるかアッキーナ」などと誘ってきます。
よく喋る日本語の通訳さんに誘われて話のタネに受けてみました、500元。
「あなた晩婚ね」「結婚するには相手の顔は気にしないよろし」とか言われました、よけいなお世話だ。
最後に「あなた薄着ね、風邪ひくよ~今日タイワン20℃しかないよ~」と言って頂きました、
ええ汗びっしょりです。
画像 074
ついでに散策(迷ったとも言う)してたら巣鴨寿司発見。
なぜ巣鴨をフューチャーしたのかは不明。

国立故宮博物院と士林夜市へつづく

台湾編その1、龍山寺へ
台湾編その2、剥皮寮へ
  1. 2012/01/04(水) 00:03:28|
  2. 台湾編
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台湾ひとり旅編  その4  国立故宮博物院~士林夜市

画像 401
とりあえず国立故宮博物院へ行ってみる。MRT士林駅からタクシーで、
乗ったそばから運ちゃんが「こきゅう?」って言ってくるので「イエス」と。
世界四大博物館の1つらしいがあとの3つは知らんので比較はできんが、
無駄にデッカイ敷地と無駄に広くて周りにくいスペースに、
壷とか陶器とか小物ばっかり置いてあって微妙な感じ。
撮影禁止だが別に撮りたいもんも無いかな。
とりあえず代表的な豚の角煮みたいなのと白菜の置物を見て退散。
台湾に来たからには台湾の歴史に興味は沸くが中国の歴史など知ったことではない。
IMG_0437.jpg
さていい感じで暗くなってきたので士林駅から剣潭駅へ、
そこから定番中の定番の士林夜市へ。
くるくる周って歩きつかれるが、なかなか食べ物を買えん。
画像 343
夜市の真ん中あたりにある廟。慈誠宮というらしい。
IMG_0436.jpg
んなもんで、定番の観光雑誌とかに載っているデカくて評判のフライドチキンの店へ、
55元で確かにデカイ、もうなにもいらん。というわけで台湾の夜は更けていく。

中正紀念堂へつづく

台湾編その1、龍山寺へ
台湾編その2、剥皮寮へ
台湾編その3、行天宮へ
  1. 2012/01/05(木) 21:17:03|
  2. 台湾編
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台湾ひとり旅編  その5  中正紀念堂~台北車站

画像 221
定番の観光スポット中正紀念堂へ。
中正紀念堂は蒋介石を顕彰し1980年に竣工したという。
画像 227
1980年にもなって個人を顕彰する目的でこんなデカイ建物造るのかと。
画像 235
蒋介石の像だそうだ。台湾の歴史に無知な観光客にはなにも言えんが、
せっかく台湾に来たからには日本の敗戦後の台湾の歴史も学ぶべきかとは思った。
画像 240
儀仗兵。
瞬き1つしない、みんな写真撮ってたけど怖いです。
画像 290
そんなこんなで台北車站へ。
画像 288
駅に蒸気機関車が展示してあった。
LDK58蒸気機関車と言って1923年に日本の日立が製造したとのことだ。

九份へつづく

台湾編その1、龍山寺へ
台湾編その2、剥皮寮へ
台湾編その3、行天宮へ
台湾編その4、国立故宮博物院と士林夜市へ
  1. 2012/01/10(火) 21:58:55|
  2. 台湾編
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台湾ひとり旅編  その6   九份

IMG_0515.jpg
さて台湾観光では欠かせないという九份へ、とりあえずもよりの瑞芳駅まで。
台北駅の切符売り場で紙にデカく「瑞芳」と列車の名前「自強号」って書いて
「ねくすととれいん」でなんとかなった。
中国語の「るるぶ」見たいのを持っている、うるさい大陸からの観光客であろう団体と、
列車で40分位揺られて瑞芳駅へ。
IMG_0520.jpg
のんきに煙草吸ってたらバスが行ってしまったので、タクシーで行くことにした。
九份までは一律180元のようだ、運ちゃんも「バス行っちゃたね~」って言っていた(と思う)
くねくねした山道を登って到着、なんか店ばっかり。
IMG_0531.jpg
おねえさん。
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ねこ。
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さて九份はかつては金の採掘によって栄えた町で、
九軒しか家がなかったためこの名が付いたのだそうだ、
そして日本統治時代に最盛期を迎えるが、1971年に金鉱が閉山、町は衰退していきます。
しかし映画で取り上げられ、ノスタルジックなこの町は台北郊外の観光スポットとして蘇ることになるわけです。
IMG_0541.jpg
夜のほうが風情があって良いらしいが。
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メインらしき道を外れると良い感じ。
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そして迷う。

北投へつづく

台湾編その1、龍山寺へ
台湾編その2、剥皮寮へ
台湾編その3、行天宮へ
台湾編その4、国立故宮博物院と士林夜市へ
台湾編その5、中正紀念堂へ
  1. 2012/01/11(水) 20:22:12|
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台湾ひとり旅編  その7   北投

画像 393
台湾を代表する温泉郷である北投へ。
台北市内から近いので、日本に多々ある寂れた温泉地と違い賑わってます。
MRT北投駅で乗り換えて新北投へ、一区間ですけど車両はこんな感じでお金かけてます。
画像 354
北投温泉は明治16年にドイツ人商人が発見したといわれ、
その後大阪商人平田源吾が北投で最初の温泉旅館「天狗庵」を開業しました、
その後日露戦争の際に日本軍傷病兵の療養所が作られ、
それ以降台湾有数の湯治場として知られるようになった。(Wikipediaから)
現在、北投温泉博物館となっているこの建物は、1913年に北投温泉公共浴場として建設されました、
内部はのちほど。
画像 386
熱海ホテル発見。
画像 384
源泉の一つである北投の観光スポットの地熱谷へ。
画像 382
硫黄の匂いと熱気が凄いです。
画像 379
観光的には日帰りの入浴施設もあるんですが、
水着着用とかヌルいこと言ってるのでやめました。
あとは上野公園を模したという公園などあります。

国軍歴史文物館へつづく

旧北投温泉公共浴場へ
龍之湯へ
台湾編その1、龍山寺へ
台湾編その2、剥皮寮へ
台湾編その3、行天宮へ
台湾編その4、国立故宮博物院と士林夜市へ
台湾編その5、中正紀念堂へ
台湾編その6、九份へ

  1. 2012/01/12(木) 20:03:14|
  2. 台湾編
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台湾ひとり旅編  その8   国軍歴史文物館

画像 003
中華民国軍の歴史と装備品を展示してある国軍歴史文物館へ。
北伐、抗日戦争(日中戦争)、台湾海峡戦役などの展示があります。
1コーナーごとに持ち歩けるボードの説明版がありまして、日本語版もあります。
画像 008
やっぱり興味あるのは「支那事変」のコーナーですか。
南京入城と書かれているのがわかります。
画像 009
もちろん南京大虐殺のコーナーがありまして
さてこれが有名な南京100人斬りの軍刀。
画像 013
「南京の役 殺 一〇七人」と刻まれてます。
これが九八式軍刀で、他サイトなどの情報だと、
1938年式の軍刀が1937年の南京事件で使われたんだという話です、恐るべし。
ただここにはこれが九八式軍刀だという説明はありませんでしたが。
画像 037
真ん中のが三八式歩兵銃。

なんというか台湾というところは難しいところです、
親日と言われてまして、私もMRTの車内でおっさんが本を読んでまして
チラ見してどっかで見たことある顔が描いてあるなと思ったら聖徳太子で、
なんの本だろと思ったら中国語で書いてある「日本史」の本でした。
日本に親しみを持ってくれているのは事実なんだろうと思いましたが、
同時にそうでない人も沢山いるのも事実らしいです。
画像 049
さて台湾と日本の明日はどっちだ。

とりあえず観光的にはもう良しとして、日本統治時代の建築物を見にいきます。

台湾総督府へつづく

台湾編その1、龍山寺へ
台湾編その2、剥皮寮へ
台湾編その3、行天宮へ
台湾編その4、国立故宮博物院と士林夜市へ
台湾編その5、中正紀念堂へ
台湾編その6、九份へ
台湾編その7、北投へ
  1. 2012/01/14(土) 00:53:02|
  2. 台湾編
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旧台湾総督府(中華民国総統府)   台北市

画像 156
まずはやはり総督府へ。
台湾における日本統治時代の代表的な建築物であるが、むしろこれだけのものは日本国内にもない。
第5代台湾総督佐久間左馬太の時代に「恒久なる行政庁舎」を建設するためこの地が選ばれ、
建物のデザインは辰野金吾、伊東忠太らを選定委員に公募という形で進められ、
建築家長野宇平冶の作品が選ばれた、実際は長野案は第2位だったといいます、
そして長野の図面に森山松之助によって手が加えられ、明治45年起工式が行なわれた。
画像 082
総費用280万円で大正8年に竣工、
地上4階、地下1階、建坪2100坪という台湾最大の建築物であった。
しかし太平洋戦争の戦渦の中、昭和20年の空襲により被弾、三日間燃え続けたと言う、
そして日本の敗戦により総督府は機能を停止、中華民国の国民党政府によって摂取され、
補修のあと現在も中華民国総統府として使用されている。
画像 086
平日にも内部の見学はできますが、月に1回、特別開放日がありまして、
その時は写真撮影も出来るということで行って来ました。
パスポートを見せて持ち物検査をうけて正面から入場します。
正面大ホールを見上げるとこんな感じ。
画像 092
講堂。
パネルがあって記念写真撮ってます、誰なのかは知らんが。
日本人の観光客もいましたし、大陸からの観光客も多いようです、
凄い顔で一眼レフ構えてました。
画像 104
総督府の歴史がわかる展示もされてます。
これは大日本帝国台湾総督府の印だそうだ、レプリカとのことだが、
めちゃデカイです。
画像 114
中庭。
画像 119
背面部。こちらから退場します。
手荷物検査の時に預けたライターを返して貰うのを忘れる。
画像 153
見てて飽きない建築物です。

近くの旧台湾総督府高等法院へつづく

台湾編その1、龍山寺へ

  1. 2012/01/15(日) 00:02:33|
  2. 台湾編
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旧台湾総督府高等法院(司法院)      台北市

画像 146
総督府から向かって左側に位置する旧総督府高等法院です、言わば裁判所。
緑色なのは空襲を避けるためだとか、なんでここだけなのかはわからんが。
設計は台湾の官庁や民間建築を多く手がけた井手薫で昭和9年に竣工。
画像 137
総督府は写真撮ってる人達がいっぱいいましたけど、ここは誰もいませんでした、
いやいや名建築だと思います。

台湾総督府交通局へつづく

台湾総督府へ
台湾編その1、龍山寺へ


  1. 2012/01/16(月) 20:14:45|
  2. 台湾編
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